ー甲斐健の旅日記ー

仏教関連DB

浄土(じょうど):
 仏の住む世界。清らかな幸せに満ち、そこに生まれるとどんな苦しみもないという。阿弥陀如来の西方極楽浄土、薬師如来の東方瑠璃光浄土、大日如来の密厳浄土、弥勒仏の兜率天浄土(とそつてん じょうど)などがある。

須弥山(しゅみせん):
 仏教やヒンドゥー教で、世界の中心にあると考えられる想像上の山。山頂は神々の世界に達し、周囲は幾重もの山岳や海に囲まれていて、人間は勿論鳥さえも飛び交うことが出来ない、唯一人としてうかがい知ることのできない地といわれる。

解脱(げだつ):
 悩みや迷いなど煩悩(ぼんのう)の束縛から解き放たれて、自由の境地に到達すること。悟ること。

涅槃(ねはん):
 煩悩 (ぼんのう) の火を消して、知慧 (ちえ) の完成した悟りの境地。一切の悩みや束縛から脱した、円満・安楽の境地。仏教で理想とする、仏の悟りを得た境地。釈迦の死を涅槃ともいう。

山号(さんごう):
 仏教に寺院につける称号。 

開基(かいき):
 寺院の創始にあたって必要な経済的支持を与えた人、または寺院を創始した人。

開山(かいざん):
 寺を建立すること、またはその寺を開いた人。

勧請開山(かんじょうかいざん):
 寺院を創始した僧侶が、師への尊崇の念から自らではなく師を開山とすること。

門跡(もんぜき):
 皇族・高級貴族が住職を務める特定の寺院、またはその住職。

門主(もんしゅ、もんす):
 門跡(もんぜき)寺院の住職、または一山・一教派の長。

天台宗寺門派(てんだいしゅう じもんは)
 第五代天台座主智証大師円珍の死後、比叡山は円珍の門流と、第三代天台座主の慈覚大師円仁の門流との間で激しい対立が起きる。そして、円珍の死後100年余り経った正暦4年(993)、円仁派の僧たちが円珍派の僧の住居を襲い打ち壊すという事件が起き、円珍門下の僧たちは山を下り、三井寺に入った。こののち、両者の対立は決定的となり、双方とも僧兵を抱え武力抗争が頻発した。延暦寺を「山門」と呼ぶのに対して三井寺を「寺門」と呼ぶ。

天台座主(てんだいざす):
 日本の天台宗総本山の比叡山延暦寺の住職。

長吏(ちょうり):
 寺の寺務を統轄する役職名。長老、座主(ざす)、長者、別当。

別当(べっとう):
 東大寺、興福寺、四天王寺などの諸大寺で、寺務を統括する長官に相当する僧職

三綱(さんこう):
 仏教寺院において寺院を管理・運営し、僧尼を統括する職で、上座(じょうざ)・寺主(じしゅ)・都維那(ついな・維那とも)の3つ僧職の総称。所司(しょし)。

得度(とくど):
 僧侶入門の儀式のことで、剃髪し戒を守ることを誓約し、戒名(僧名)を与えられ出家するための儀式。

帰依(きえ):
 神仏や高僧などのすぐれた者を信じ,それによりすがること。

還俗(げんぞく):
 出家者が再び俗家にかえること。自らの意志で行う場合を帰俗ということもある。

戒律(かいりつ):
 仏教において守らなければならない道徳規範や規則のこと。戒は自分を制する誓い、律は集団が円滑に活動するルール。戒は自発的なもので守れなくとも罰則はないが、律には罰則がある。

戒壇(かいだん):
 戒律を授ける(授戒)ための場所。 戒律を受けるための結界が常に整った場所であり、授戒することで出家者が正式な僧尼として認められる。

南都八宗(なんとはっしゅう):
 奈良時代、平城京を中心に栄えた仏教の6つの宗派に、天台宗、真言宗を加えた八宗。
法相宗(ほっそうしゅう): 唯識(ゆいしき)論を信奉する学派。唯識論とは、私たちの認めている世界はすべて自分がつくりだしたものであるということで、十人の人間がいれば、十の世界がある(人人唯識:にんいんゆいしき)という教え。
倶舎宗(ぐしゃしゅう): 法相宗の基礎的段階を研究する学派
三論宗(さんろんしゅう): 「空」の理論を徹底的に極める学派
成実宗(じょうじつしゅう): 三論宗の基礎的段階を研究する学派
律宗(りっしゅう):  戒律を中心に仏教を考える学派
華厳宗(けごんしゅう): 六宗の中で最後に伝来した。「存在の認識」ではなく、宇宙の構造について述べている。「一即多」、つまり、この世の出来事は無限に関連し合って、次々に新しい結果を生んでゆく(重々無尽)。この世界では、完全に他から独立したものはなく、それゆえに、すべての迷いや悩みも悟りとどこかでつながっている。いいかえれば、悟りにつながらない迷いや悩みはないということである。この華厳宗による宇宙の象徴が盧舎那仏(如来)である。東大寺の大仏がそれである。
天台宗(てんだいしゅう): 最澄が開いた。大乗仏教、法華経を根本経典とする。
真言宗(しんごんしゅう): 空海が開いた。経典に頼らず、密教的色彩が強い。

唯識論(ゆいしきろん):
 法相宗(ほっそうしゅう)の教義。私たちの認めている世界はすべて自分がつくりだしたものであるということで、十人の人間がいれば、十の世界がある(人人唯識:にんいんゆいしき)という教え。

南都七大寺(なんとしちだいじ):
 奈良時代に平城京及びその周辺に存在して朝廷の保護を受けた7つの大寺を指す。
興福寺(こうふくじ)、東大寺(とうだいじ)、西大寺 (さいだいじ)、薬師寺(やくしじ)、元興寺(がんごうじ)、大安寺(だいあんじ)、法隆寺(ほうりゅうじ)
法隆寺は斑鳩に所在しているため、代わりに唐招提寺を入れる説がある。また、歴史的経緯(四大寺から数を増やしていったとする見地)からして西大寺の代わりに由緒ある川原寺(現在の弘福寺)を加える説もある。

南都十大寺(なんとじゅうだいじ):
 延暦17年(798)に定められた10の官寺。大安寺・元興寺(がんごうじ)・弘福寺(ぐふくじ)(川原寺)・薬師寺・四天王寺・興福寺・法隆寺・崇福寺・東大寺・西大寺。

京都五山十刹(きょうとござん じっさつ):
 室町時代、足利義満の時代にさだめた制度。臨済宗の寺院を組織化、ランク付けしたもので、室町幕府が保護し、国家の統制下に置いたもの。南禅寺を五山の上として、その次に五つの寺院を五山、その下に十の寺院を十刹と定めた。

定額寺(じょうがくじ):
 奈良・平安時代、一定数を限り官寺・国分寺に次ぐ寺格を与えられ、官稲(かんとう:祖として徴収された稲)などを賜わった私寺。律令制衰退とともに有名無実化した。勧修寺・醍醐寺など。または、鎌倉時代以降,五山などの禅宗の官寺。

林下(りんか):
 京都の禅寺において、五山十刹(ござんじっさつ)に代表される、室町幕府の庇護と統制下にあった一派(「禅林」または「叢林(そうりん)」)と一線を画す在野の寺院のこと。妙心寺や大徳寺は、修行を重んじる厳しい禅風を特色とする「林下」の代表的寺院であった。

大乗仏教(だいじょうぶっきょう):
 釈迦はすべての人々を救いたかったはずである、という思想のもとに生まれた教えとされる。大きな乗り物ですべての人々を救う事を目的とする。

一乗主義(いちじょうしゅぎ):
 日本の天台宗を開いた最澄が唱えた。仏も衆生(しゅじょう)も皆一様に仏姓を具えて同じ乗り物に乗っているから、等しく悟りを得て成仏することが出来るとする主張。

三乗主義(さんじょうしゅぎ):
 法相宗(ほっそうしゅう)の高僧徳一(とくいつ)らが唱えた主張。三乗とは、声聞乗(しょうもんじょう:師の教えを聞いて悟りを開く)、縁覚乗(えんがくじょう:独力で悟りをひらく)、菩薩(自ら悟りを求め、同時に衆生を救済する理想の存在)であり、素質のある人しか悟りをひらけないという立場。三乗に乗れない人々は救われない。

常行三昧(じょうぎょうざんまい):
 常行三昧とは、90日間阿弥陀如来の周囲を念仏を唱えつつ、また心に阿弥陀如来を念じながら歩くというもの。常行三昧堂は堂の中心に阿弥陀如来を安置した方形の堂であり、屋根は宝形造が多い。

専修念仏(せんしゅうねんぶつ):
 他の修行はせずに、ただひたすらに念仏を称えること。阿弥陀仏を信じ、一心に念仏を称えるけで人々は救われるという浄土宗の教えの根本。

融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう):
 浄土教の宗派の一つ。大阪市にある大念仏寺を総本山とする。平安時代末期に天台宗の僧侶である聖応大師良忍が大原来迎院にて修行中、阿弥陀如来から速疾往生(阿弥陀如来から誰もが速やかに仏の道に至る方法)を授かり開宗した。その偈文(げもん)とは「一人一切人一切人一人 一行一切行 一切行一行 十界一念 融通念仏 億百万編 功徳円満」。最大の特徴は、観想念仏よりも称名念仏を重要視したことだという。

観想念仏(かんそうねんぶつ):
 阿弥陀や極楽浄土の有り様をできるだけ観想(思い浮かべる)することにより、念仏の効果が上がるという考え方

称名念仏(しょうみょうねんぶつ):
 阿弥陀仏を信じ、ただひたすら念仏を唱えること

声明(しょうみょう):
 仏典に節をつけた仏教音楽のひとつで、儀礼に用いられる。日本では、梵唄(ぼんばい)・梵匿(ぼんのく)・魚山(ぎょざん)ともいう。日本での声明の発祥地は三千院のある大原魚山とされる。

密教(みっきょう):
 言葉で説明するのは難しい秘密の教えであり、大乗仏教が最高に完成されたかたちであるとして、金剛乗とも呼ぶ。密教は、書物ではなく、優れた修行者との触れ合いによって真理を体得する。身体で感じて、言葉で共鳴して、意識で自分のものとする。(「身・口・意の三密」)三密の行を行うことによって、悟りをひらく。ここでいう「言葉」は、真理が込められた仏の言葉(真言)である。また、書物を信じないので、言葉以外のもので表現された真理を重んじる。この真理を絵画などで表現したものが曼荼羅(まんだら)である。

密教的修法(みっきょうてきしゅうほう):
 密教で行う加持祈祷(かじきとう)の法。壇を設けて本尊を安置し、護摩をたき、手に印を結び、口に真言を唱え、心に観念をこらし本尊と一体化することによって、目的とする願いを達成しようとするもの。

金剛界(こんごうかい):
 密教で説く二つの世界のうちの一つ。『金剛頂経』の説く世界。大日如来を智慧(ちえ)の面から表現し、大日如来の智徳はなによりもかたく、すべての煩悩(ぼんのう)を打ち破る強固な力を持つ智徳の面を表した世界。

胎蔵界(たいぞうかい):
 密教で説く二つの世界のうちの一つ。『大日経』の説く世界。大日如来を本来的な悟りである理性(りしよう)の面から見て表現した世界で、理性が胎児のように慈悲に包まれてはぐくまれていることから,こう名づけられたという。すなわち、仏の菩提(ぼだい)心が一切を包み育成することを、母胎にたとえたもの。蓮華(れんげ)によって表象する。

時宗(じしゅう):
 鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派。開祖は一遍。総本山は神奈川県藤沢市の清浄光寺(通称遊行寺)。阿弥陀仏への信・不信は問わず、念仏さえ唱えれば往生できると説いた。仏の本願力は絶対であるがゆえに、それを信じない者にまで及ぶと説いた。

本地仏(ほんじぶつ):
 仏や菩薩が人々を救うために神の姿となって現れた垂迹(すいじゃく)身に対して、その本来の仏・菩薩のこと。

如来(にょらい):
 悟りをひらいた人。三十二相八十種好と呼ばれる身体の特徴を持っていると言われている。通常、衣服は衲衣と裳をまとっているだけ(らだし大日如来だけは、菩薩のように着飾っている)。

釈迦如来(しゃかにょらい):
 釈迦如来は、唯一現世で悟りを開いた実在の人物である釈迦を表す。左右に脇侍が付いた形式を釈迦三尊という。脇侍としては、文殊菩薩と普賢菩薩が多く、梵天と帝釈天、あるいは十大弟子である阿難と摩訶迦葉が付くこともある。

阿弥陀如来(あみだにょらい):
 西方の極楽浄土で説法を行っている。平等院鳳凰堂のように阿弥陀如来1体のみの場合もあるが、脇侍に観音菩薩、勢至菩薩を従えた阿弥陀三尊の形で祀られることが多い。

薬師如来(やくしにょらい):
 菩薩時代に十二の大願を立てることにより如来となったとされる。東方の瑠璃光浄土に住むとされ、病気平癒の信仰がある。手に薬壷(やっこ)を持つことが多い。三尊形式の場合、脇侍として付くのは、必ず日光菩薩(向かって右)と月光菩薩(左)である。脇侍とは別に、薬師如来を助け、薬師如来を信じる者をも守護する十二神将が従うことがある。

盧舎那仏(るしゃなぶつ):
 蓮華蔵世界に住むとされる仏。蓮華座の上に座っている。造形としては釈迦如来とほとんど変わらないが、蓮弁に線刻文様が描かれている。東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)が有名。

大日如来(だいにちにょらい):
 密教において宇宙そのものと考えられている如来。他の如来と異なり、頭髪を結い上げ、宝冠を頂き、首飾りなどの装飾品を着けている。

五智如来(ごちにょらい):
 大日如来を中心に、東方の阿閦(あしゅく)如来、南方の宝生(ほうしょう)如来、西方の阿弥陀如来(無量寿如来)、北方の不空成就(ふくうじょうじゅ)如来を合わせて五智如来という。五智如来とは、密教で五智を五仏に配すことをいう。五智とは、法界の自性を明確にする智、鏡の如く法界の万象を顕現する智、諸法の平等を具現する智、諸法を正当に追求する智、自他の作すべきことを成就せしめる智、の意味。

多宝如来(たほうにょらい):
 過去仏(釈迦以前に悟りを開いた仏)の1人であり、東方のかなたにある宝浄国に住んでいる。法華経の第11章にあたる見宝塔品(けんほうとうほん)の説話に登場する。
 釈尊(釈迦)が説法をしていたところ、地中から七宝(宝石や貴金属)で飾られた巨大な宝塔が出現し、空中に浮かんだ。空中の宝塔の中からは「すばらしい。釈尊よ。あなたの説く法は真実である」と、釈尊の説法を称える大音声が聞こえた。その声の主が、多宝如来であった。多宝如来は自分の座を半分空けて釈尊に隣へ坐るよう促した。釈尊は、宝塔内に入り、多宝如来とともに坐し、説法を続けた。という話。

菩薩(ぼさつ):
 悟りをひらき如来になろうとして修行を積みながら、多くの人々の救いの手助けをする人。宝冠などの装飾品を身に付け着飾っている場合が多い。

観音菩薩(かんのんぼさつ):
 宝冠に化仏(けぶつ)を付けているのが特徴で、手に水瓶(すいびょう)又は蓮華を持っていることが多い。

聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ):
 通常の一面二臂(ひ:腕)の観音菩薩。

十一面観音菩薩(じゅういちめん かんのんぼさつ):
 頭上に四方を向いた10の面を有し、本面と合わせて11面となる。全ての方角を見て、あらゆる人を救済してくれるとされる観音菩薩。

千手観音菩薩(せんじゅ かんのんぼさつ):
 千本の手を有し、それぞれの手に1眼があり、千の手と千の眼で人々を救済してくれるとされる観音菩薩。像としては、四十二手で千手を表すことが多い。十一面を有して十一面千手観音として現れることが多い。

不空羂索観音菩薩(ふくうけんさく かんのんぼさつ):
 六観音の一つ。。「不空」とはむなしからずという意味で、「羂索」は鳥獣魚を捕らえる縄。従って不空羂索観音とは「不空の索をもってあらゆる衆生をもれなく救済する観音」という意味。

如意輪観音菩薩(にょいりん かんのんぼさつ):
 六観音の一つ。如意宝珠(にょいほうじゅ:神秘的な宝玉。一説に竜王の脳の中にあり、これを手に入れると、多くの財宝が得られるだけでなく、毒にもおかされず、火にも焼かれないという)と法輪(仏法が人間の迷いや悪を打ち破り追い払う力を、武器にたとえたもの)の力によって,生きとし生けるものを救済するという菩薩。

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ):
 一切香集(いっさいこうしゅう)世界に住み、福徳と智慧をそなえ、これがあたかも虚空のごとく広大無辺であることからこの名称がある。蓮華座に坐し、頭に五智宝冠を戴き、左手には如意宝珠を載せた蓮華を持ち、右手には智慧の宝剣を持っている。

清水寺型千手観音(きよみずでらがた せんじゅかんのん):
 左右の一対の腕を頭上に高く挙げて化仏(けぶつ)を戴く姿の千手観音。

吉備観音(きびのかんのん):
 奈良時代の学者吉備真備が遣唐使として帰国の際、船が遭難しそうになり「南無観世音菩薩」と唱えたところ、たちまちその難を免れることができたという。真備はその時、唐より持ち帰った栴檀香木で行基菩薩に頼み観音像を刻んでもらった。それが「吉備観音」と呼ばれるようになった。

二十八部衆(にじゅうはち ぶしゅう):
 千手観音を信仰する人を守る28人の神様。四方(東西南北)と上下に各4人、北東、南東、南西、北西に各1人の配置で、おのおの500人の部下を持つという。阿修羅王、帝釈天、毘沙門天などがいる。

風神・雷神(ふうじん・らいじん):
 風を司る神様を「風神」、雷を司る神様「雷神」という。千手観音の眷属(けんぞく:付き従う者、一族)である二十八部衆と戦い降伏して、その家来となったという。天部に属する。

弥勒菩薩(みろくぼさつ):
 既に修行を終えたものの、現在は菩薩の姿にとどまっていて、釈迦の入滅から56億7千万年後の未来に如来(弥勒如来)となって現れ、全ての人々を救済するとされている。弥勒如来として祀られることもある。

勢至菩薩(せいしぼさつ):
 阿弥陀三尊の右脇侍で、仏の智門を司り、衆生(しゅじょう;命あるものすべて)の菩提心を起こさせる。智慧の光を持って一切を照らし衆生が地獄・餓鬼界へ落ちないように救う菩薩。

普賢菩薩(ふげんぼさつ):
 文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍となる。独尊でも祀られることがある。仏の行を象徴する菩薩。法華経を信じる者のところには6つの牙を持つ白象に乗って現れるとされる。法華経が女性も往生できることを明言しているため、平安時代、貴族の女性の間で信仰を集めた。独尊の場合は、白象の上に乗っていることが多い。

文殊菩薩(もんじゅぼさつ):
 釈迦の賢弟(実在の人物)。普賢菩薩とともに釈迦如来の脇侍となる。独尊でも祀られることがある。仏の智恵を象徴し、学業祈願の信仰を受けた。青い獅子の上に乗り、右手に経巻(きょうかん)、左手に剣を持っていることが多い。

地蔵菩薩(じぞうぼさつ):
 苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救うといわれる菩薩。日本における民間信仰では道祖神としての性格を持つと共に、「子供の守り神」として信じられており、よく子供が喜ぶお菓子が供えられている。菩薩であるが、着飾ることはない。

大随求菩薩(だいずいぐぼさつ):
 密教における菩薩の一尊。衆生(しゅじょう)の願いに随い(したがい)施し与えるところから随求と名付けられた。身体は黄色で宝冠があり、その中に化仏が配される。八つの腕を持ち、右手に剣や鉞斧(まさかりおの)など、左手には法輪(仏教の教義を示すもの、八方向に教えを広めるという意味で、車輪形の法具として具現化した物)を載せた蓮華などをもって現れることが多い。

薬王菩薩(やくおうぼさつ):
 良薬を施与して人々の病苦をいやすという誓いを立てた菩薩。勇施(ゆせ)菩薩とともに法華経の持経者(じきょうしゃ:経典を信じて、それを読誦するもの)を保護する。薬上菩薩とともに釈迦の脇侍とされる場合がある。

救世観音菩薩(ぐぜかんのんぼさつ):
 「救世」は人々を悩みや苦しみから救うことであり、法華経の中にある言葉(観世音菩薩普門品)から取った名といわれる。法隆寺にある聖徳太子等身の救世観音が有名。

薬上菩薩(やくじょうぼさつ):
 手に薬壷を持つ場合が多い。薬王菩薩の兄弟とされる。薬王菩薩と共に、釈迦の脇侍となる場合がある。

明王(みょうおう):
 密教信仰特有の仏像。未だ教えに従わない救い難い衆生(しゅじょう)を力づくでも帰依(きえ)させるために、大日如来の命を受けて現世に現れる。時には、如来が自ら明王に変化して現世に現れることもある。

不動明王(ふどうみょうおう):
 大日如来の命を受けて忿怒の相を表し、密教の修行者を守護し助けて諸種の障害を除き、修行を成就させる。形像は,右手に剣,左手に羂索(けんさく:鳥獣をとらえるわな、縄状のもの)を持ち、青黒色の全身に火焰を負う姿が一般的である。

降三世明王(こうざんぜ みょうおう):
 五大明王の一尊で、東方阿閦(あしゆく)如来の忿怒身ともいわれる。三面八臂(腕)あり、立像は、ヒンズー教の最高神である「大自在天(シヴァ)」とその后「鳥摩后(ウマー)」を踏みつけていることで知られる。

愛染明王(あいぜんみょうおう):
 大日如来または金剛薩埵(こんごうさった:大日如来の教えを受けた菩薩)の変化身といわれる。円形の光背をつけ、三目六臂(ろっぴ:六本の腕)の忿怒相をとる。獅子冠をかぶり、金剛鈴、金剛弓、拳,五鈷杵、金剛箭、蓮華を手にし,蓮華座上に結跏趺坐(けっかふざ:右足を左のモモの上に、足のコウが着くように乗せ、左足を右のモモに乗せる。両足とも足の裏は上を向く)して、身色は赤で表現される。

孔雀明王(くじゃくみょうおう):
 密教特有の尊格である明王の1つ。 衆生を利益する徳を表すとされる。孔雀の背中にすわっている姿が一般的。他の明王に比べて、やさしい顔立ちをしている。孔雀は毒蛇を撃退してくれるということで、その力が仏の姿に結晶していったとされる。4本の腕を持ち、蓮華(仏の慈悲を表す)や孔雀の羽(災難を払う)、グエン果と吉祥菓(きちじょうか)という果実をもっている。

天部(てんぶ):
 古代インドの宗教の神々が仏教に取り入れられ、仏法を守護する善神となった者。官服を着た貴人姿、鎧を纏った武将姿、鬼の姿など多様な姿をしている。

四天王(してんのう):
 須弥山(しゅみせん)の四方で仏法を守る守護神とされる。もとは貴人であったが、中国で武将の姿になって日本に伝わった。肩や胸に甲冑を着け、邪鬼を踏みつける。持国天は東の守護神、増長天は南の守護神、広目天は西の守護神、多聞天は北の守護神。

持国天(じこくてん):
 東の守護神。領土を守り、人々を安心させる。刀剣又は鉾を持つことが多い。

増長天(ぞうちょうてん):
 南の守護神。五穀豊穣を司る。右手に刀剣又は三鈷杵(さんこしょ:槍状の三本に分かれた刃が、柄の上下についた武器)を振り上げるものが多い。

広目天(こうもくてん):
 西の守護神。浄天眼(千里眼)という特別な眼で世の中を観察し、衆生(しゅじょう)を導き守る。右手に筆、左手に巻子(かんす)をもった者が多い。巻子とは、経典や仏画を描いた巻物のこと。

多聞天(たもんてん)毘沙門天(びしゃもんてん):
 北の守護神。財宝富貴を司る。片方の手に宝塔を持つことが多い。独尊で祀られることもある。その際は毘沙門天と呼ばれる。

兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん):
 毘沙門天のうちで、地天女の両手に支えられて立ち、二鬼を従える姿で表された特殊な像の名称

二天像(にてんぞう):
 帝釈天(たいしゃくてん)と梵天(ぼんてん)あるいは、四天王のうち、持国天と増長天、または、多聞天(たもんてん)と持国天、増長天と多聞天などの組み合わせ。

帝釈天(たいしゃくてん):
 仏教の守護神である天部の一つ。釈迦を助け、またその説法を聴聞したことで、梵天と並んで仏教の二大護法善神といわれ、同時に祀られることが多い。

梵天(ぼんてん):
 仏教の守護神である天部の一つ。古代インドのバラモン教の主たる神の1つ。釈迦が悟りを開いた後、その悟りを広めることをためらった時、その悟りを広めるよう勧めたのが梵天と帝釈天とされ、同時に祀られることが多い。

韋駄天(いだてん):
 増長天の八将の一神で、四天王下の三十二将中の首位を占める天部の仏神。特に伽藍を守る護法神とされる。日本の禅宗では厨房や僧坊を守る護法神として祀られる。また小児の病魔を除く神ともいわれる。密教の曼荼羅では護世二十天の一尊として西方位に配される。

吉祥天(きっしょうてん):
 ヒンズー教における美と繁栄の女神が、仏教に取り入れられたもの。一切の貧苦や災いを取り除いて、豊穣と財宝をもたらすとされる。中国の貴婦人の服装をし、左手に如意宝珠(にょいほうじゅ:神秘的な宝玉。一説に竜王の脳の中にあり、これを手に入れると、多くの財宝が得られるだけでなく、毒にもおかされず、火にも焼かれないという)を持ち、右手を与願印(ジェスチャーによって、ある意味を象徴的に表現する印相の一種、相手に何かを与える仕草を模したもの)とすることが多い。

歓喜自在天(かんぎじざいてん):
 仏教守護神のひとつ。もとはヒンズー教の神であったがのち仏教に帰依。人身象頭で,二天が抱擁しあう像が多い。除災・富貴・夫婦和合・子宝の功徳ある神とされる。

金剛力士(こんごうりきし):
 釈迦の近くで仏法を守護する神であったが、インドで2分身となる。2体に分かれていることから仁王(におう)とも呼ばれる。もとは武装した姿であったが、中国で裸形が一般的になった。口を開いた阿形(あぎょう)と、口を閉ざした吽形(うんぎょう)の2体で造られる。仁王門に置かれることが多い。

妙見菩薩(みょうけんぼさつ):
 仏教における信仰対象である天部の一つ。インド由来の菩薩とは異なり、中国において北極星を神格化したもので、名前は菩薩だが毘沙門天のような天部。「妙見」とは「優れた視力」の意味で、善悪や真理をよく見通す者のことをいう。

羅漢(らかん):
 人々から尊敬・布施をうける資格のある人の意で、悟りをひらいた高僧。

十六羅漢(じゅうろく らかん):
 永くこの世にあり正法を護持し衆生(しゆじよう)を導くという十六人の羅漢。のちに二人の羅漢を加えて十八羅漢と称することもある。また、仏陀に常に付き添った500人の弟子、または仏滅後の結集(けつじゅう:師の教えを忘れずに集成するための弟子たちの集まり)に集まった弟子を「五百羅漢」と称する場合もある。

阿難尊者(あなんそんじゃ):
 釈迦の十大弟子の一人。美男子ゆえに、女難を被ることが度々あったと言われるが、志操堅固にして身を護り修行を全うしたとされる。釈迦の弟子の中で教説を最も多く聞きよく記憶していたので「多聞第一」といわれていた。

迦葉尊者(かしょうそんじゃ):
 釈迦の十大弟子の一人。仏教教団で釈迦の後継(第2祖)とされ、釈迦の死後、初めての結集(けつじゅう:師の教えを忘れずに集成するための弟子たちの集まり)の座長を務めた。頭陀第一といわれ、衣食住にとらわれず、清貧の修行を行ったとされる。

月蓋長者(がつがいちょうじゃ):
 古代インドの大富豪。悪疫が流行したとき、仏の教えに従って阿弥陀三尊の像を造って祈念し、病気をしずめたという。月蓋尊者。

賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ):
 お釈迦さまの正法を伝える十六羅漢の一人で神通力(超能力)がとても強い人だったといわれる。一方で、あまりに神通力をもてあそんだためにお釈迦様に叱責を受けたともいわれる。病人が自分の患部と同じところを撫でると病気が治るという信仰があり、いつも多くの人が賓頭盧尊者像を触っている。そのため、撫仏(なでぼとけ)とも呼ばれる。

おもかる地蔵(おもかるじぞう):
 このお地蔵さまの前で願い事を祈念し、お地蔵さまを持ち上げてみる。このお地蔵さまを持ち上げた時、軽ければ願い事が叶うといわれ、重ければまだその時期ではないといわれる。願い事が叶うかどうか教えてくれる不思議なお地蔵さま。奈良の東大寺大仏殿前や、長野の善光寺などに祀られています。

延命地蔵(えんめいじぞう):
 延命・利生(りしょう:御利益)を誓願する地蔵尊。新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすという。後世になって、短命・若死にを免れるため信仰された。

善財童子(ぜんざいどうじ):
 『華厳経』に現れる童子の姿をした菩薩の名。母の胎に宿ったとき、財宝が家中に満ちたことから名づけられたという。豪商の子で、文珠菩薩の説法を聞いて仏道を求める心を発し、その指導の下修行し、法を求めて53人の善知識(指導者)をたずねて教えを請い、ついに普賢菩薩のところで十大願を聞き、阿弥陀浄土に往生することを願うようになる。たずねた善知識のうちには遊女もあったという。

善膩師童子(ぜんにしどうじ):
 毘沙門天の5人の息子(五童子)の一人で末子。母は吉祥天。母子で毘沙門天の両脇に侍する三尊像で現されることが多い。左手に宝筺(ほうきょう)捧げ持つ。

維摩居士(ゆいまっこじ):
 古代インドの商人で、釈迦の在家の弟子。居士とは在家の弟子の事。

十二神将(じゅうに しんしょう):
 天部の神々で、護法善神。薬師如来および薬師経を信仰する者を守護するとされる十二体の武神。

八部衆(はちぶしゅう):
 仏法を守護する8神。仏教が流布する以前の古代インドの鬼神、戦闘神、音楽神、動物神などが仏教に帰依し、護法善神となったもの。十大弟子と共に釈迦如来の眷属(けんぞく:仏,菩薩につき従う者、一般には、一族、親族、郎党)を務める。

阿修羅(あしゅら):
 八部衆に属する仏教の守護神。大乗仏教時代に、その闘争的な性格から五趣(五道)の人と畜生の間に追加され、六道の一つである阿修羅道(修羅道)の主となったという。三面六臂(さんめんろっぴ:三つの顔と六つの腕)の姿をしている。。

清凉寺式釈迦如来(せいりょうじしき しゃかにょらい):
 鎌倉時代から江戸期にかけて流行した釈迦如来像。釈迦37歳の時にインドで造られた生前の姿の像を模刻したものとされる。特徴は、縄に巻きつけたように大きく渦を巻く頭髪(ガンダーラ様)、袈裟の衣は両肩を包み体に張り付くように密着して、流水文という木目のような彫り(インドグプタ様式)、三段に重なったすそ。

印相(いんそう):
 ヒンドゥー教や仏教の用語で、両手で示すジェスチャーによって、ある意味を象徴的に表現するもの

来迎印(らいごういん):
 阿弥陀如来の印相(両手で示すジェスチャーによって、ある意味を象徴的に表現するもの)の一つ。右手を上げて左手を下げて共に手の平を前に向け、それぞれの手の親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作る。信者の臨終に際して、阿弥陀如来が西方極楽浄土から迎えに来る時の印相。浄土宗、浄土真宗の本尊像は基本的にこの印相が多い。

定印(じょういん):
 坐像で、両手の手のひらを上にして腹前(膝上)で上下に重ね合わせた形。仏が思惟(瞑想)に入っていることを指す印相。
 釈迦如来、大日如来(胎蔵界)の定印は左手の上に右手を重ね、両手の親指の先を合わせて他の指は伸ばす。これを法界定印(ほっかいじょういん)といい、座禅の時結ぶ事でなじみ深い印相である。阿弥陀如来の定印は密教では法界定印とされるが、浄土教などでの場合は同じように両手を重ねて親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作るものもある。

施無畏印(せむいいん):
 手を上げて手の平を前に向けた印相。「恐れなくてよい」と相手を励ますサイン。

与願印(よがんいん):
 手を下げて手の平を前に向けた印相。座像の場合などでは手の平を上に向ける場合もあるが、その場合も指先側を下げるように傾けて相手に手の平が見えるようにする。相手に何かを与える仕草を模したもの。

三十二相八十種好(さんじゅうにそう はちじっしゅこう):
 仏の身体に備わっている特徴。見てすぐに分かる三十二相と、微細な特徴である八十種好を併せたもの。「相好をくずす」という言葉の語源。足裏が偏平足で、輪形の僧があるとか、全身が金色に輝くとか丸くまとまった髪の毛(螺髪:らほつ)などの特徴がある。

脱活乾漆造(だっかつかんしつぞう):
 まず、木製の芯木で像の骨組みを作り、その上に粘土を盛り上げて像の概形を作る。この上に麻布を麦漆(漆に麦粉を混ぜたもの)で貼り重ねて(約1cm程度)像の形を作る。次に、この張り子の像の上に抹香漆(まっこううるし:麦漆+杉、松の葉の粉末)または木屎漆(こくそうるし:麦漆+ヒノキのおがくず)を盛り上げて細部を形作る。像の形の完成後は、背面などの目立たない部分を切開して中味の粘土を掻き出し、補強と型崩れ防止のために内部に木枠を組んで完成。

乾漆造(かんしつぞう):
 彫像制作の技法の1つで、麻布を漆で張り重ねたり、漆と木粉を練り合わせたものを盛り上げ乾燥させて像を形作る方法。

木心乾漆造(もくしんかんしつぞう):
 像の概形を木彫で作り、この上に麻布を貼り、香漆(まっこううるし:麦漆+杉、松の葉の粉末)または木屎漆(こくそうるし:麦漆+ヒノキのおがくず)を盛り上げて完成させる像。

光背(こうはい):
 仏像、仏画などで体から発せられる後光をあらわしたもの。光背には、化仏が表されることがある。光を輪であらわした円光、光を二重の輪で表した二重円光、またそれら円光から線が放たれている放射光、蓮華の花びらを表した舟形光や唐草光、宝珠の形をした宝珠光、飛天が配せられているものを飛天光、不動明王などのように炎を表した火焔光などがある。

丈六(じょうろく):
 立像の丈(たけ)が一丈六尺(約4.8m)の仏像。釈迦の身長は常人の倍で一丈六尺あったとの信仰に基づく。座像の場合は立てば丈六になるとして八尺(約2.4m)の高さとなる。

結跏趺坐(けっかふざ):
 禅定における両足を組んだすわり方。右足を左のももに置き,左足を右のももに置くものを降魔坐 (ごうまざ) ,左足を右のももに置いて,右足を左のももに置くものを吉祥坐,片方だけのものを半跏坐という。

半跏思惟像(はんかしいぞう):
 台座に腰掛けて左足を下げ、右足先を左大腿部にのせて足を組み(半跏)、折り曲げた右膝頭の上に右肘をつき、右手の指先を軽く右頰にふれて思索する(思惟)姿の像

寄木造(よせぎづくり):
 木彫像の主要部分を複数の材から作る技法。仏師定朝が完成させた技法といわれる。

法輪(ほうりん):
 仏教の教義を示すもの、八方向に教えを広めるという意味で、車輪形の法具として具現化した物。

錫杖(しゃくじょう):
 杖の頭部の金属製の輪に、数個の小環をつけ、振り鳴らすもの。柄の短いもの、床に突き立てて鳴らす柄の長いものがある。

水瓶(すいびょう):
 仏に供える閼伽(あか)水を入れる水瓶。観音菩薩が持つことが多い。

仏舎利(ぶっしゃり):
 入滅した釈迦が荼毘に付された際の遺骨及び棺、荼毘祭壇の灰塵。

仏牙舎利(ぶつげしゃり):
 釈迦を荼毘に付したとき、その舎利(遺骨)の中から得られた歯。

仏足石(ぶっそくせき):
 釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたもの。

曼荼羅(まんだら):
 仏教(特に密教)において聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表したもの。

両界曼荼羅(りょうかいまんだら):
 日本密教の中心となる仏である大日如来の説く真理や悟りの境地を、視覚的に表現した曼荼羅において、「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」の2つを合わせた総称。

金剛界(こんごうかい):
 密教で説く二つの世界のうちの一つ。『金剛頂経』の説く世界。大日如来を智慧(ちえ)の面から表現し、大日如来の智徳はなによりもかたく、すべての煩悩(ぼんのう)を打ち破る強固な力を持つ智徳の面を表した世界。

胎蔵界(たいぞうかい):
 密教で説く二つの世界のうちの一つ。『大日経』の説く世界。大日如来を本来的な悟りである理性(りしよう)の面から見て表現した世界で、理性が胎児のように慈悲に包まれてはぐくまれていることから,こう名づけられたという。すなわち、仏の菩提(ぼだい)心が一切を包み育成することを、母胎にたとえたもの。蓮華(れんげ)によって表象する。


十界曼荼羅(じっかいまんだら):
 日蓮宗の本尊。日蓮の創始した曼荼羅図。図中央に「南無妙法蓮華経」の題目を大書し、その周囲に十界の諸菩薩などの名を記している。これこそが『法華経』の真実を図示したものとされる。

一切経(いっさいきょう):
 仏教の経典を集成したもの。大蔵経(だいぞうきょう)。

銅板法華説相図(どうばんほっけせっそうず):
 7世紀の仏教工芸品。『法華経』見宝塔品に説かれる宝塔出現の光景が図相化されている。現在、奈良国立博物館に寄託されている。

金光明経(こんこうみょうきょう):
 4世紀頃に成立したと見られる仏教経典のひとつ。大乗経典に属し、日本においては法華経・仁王経とともに護国三部経のひとつに挙げられる。空の思想を基調とし、この経を広めまた読誦(どくじゅ)して正法をもって国王が施政すれば国は豊かになり、四天王をはじめ弁才天や吉祥天、堅牢地神などの諸天善神が国を守護するとされる。この経を漢訳したものが、『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』。

奉安(ほうあん):
 尊いものをつつしんで安置すること

閼伽井(あかい):
 仏に供える閼伽(あか)の水をくむ井戸。

手水鉢(ちょうずばち):
 神前、仏前で口をすすぎ、身を清めるための水を確保するための器。

護摩(ごま):
 火中に細長く切った薪木を入れて燃やし、さらに種々の供物を投げ入れ(護摩焚き)、火の神が煙とともに供物を天上に運び、天の恩寵にあずかることを願うという素朴な信仰から生まれたもの。火の中を清浄の場として仏を観想する。

十二年籠山行(じゅうにねん ろうざんぎょう):
 延暦寺の荒行の一つ。12年籠山行を行う資格を得るために、浄土院の拝殿にて仏様のお姿を感得する(如来が来臨して頭をなでる)まで、好相行(こうそうぎょう)という毎日三千回の礼拝行を勤める。そして現任の侍真(じしん:好相行を修了した者)の印可を得、戒壇院で誓願してはじめて侍真の資格を得る。その後浄土院において、伝教大師が今も生きているが如くに一日三度給仕するお勤めと、堂内外を「掃除地獄」と呼ぶほどに掃き清め、さらには自らの厳しい勉学に励む。そして、12年間浄土院から一歩も出る事無くお仕えすること。

法華八講(ほっけはちこう):
 『法華経』8巻を第1巻から1巻ずつ8回に分けて講義し賛嘆する法会。略して「八講」ともいう。起源は中国とされるが,日本では延暦 15 (796)年に奈良の石淵寺の勤操が4日間『法華経』を講義したのを最初とする。


お十夜(おじゅうや):
 15世紀中ごろ、室町6代将軍足利義教の執権職をしていた伊勢守貞経の弟平貞国が世の無常を感じ、出家して仏道に生きようと、真如堂にこもって念仏の行をしたことに始まる。その後、浄土宗の寺院を中心に全国に広まった。10日10夜にわたり不断 (ふだん) 念仏(日時を決めて昼夜間断なく念仏を称える事)を称えて、阿弥陀仏の慈悲に感謝する法要

千僧供養(せんそうくよう):
 千人の僧を招いて食を供し、法会を営むこと。その功徳は莫大なものがあるといわれる。特に中国の南北朝時代から流行。日本では孝徳天皇以来盛んに行われた。

遠忌(おんき):
 仏教諸宗派で、宗祖や中興の祖などの50年忌ののち、50年ごとに遺徳を追慕して行う法会。

西国三十三所観音霊場(さいごくさんじゅうさんしょ かんのんれいじょう):
 近畿地方とと岐阜県に点在する33か所の観音信仰の霊場。「33」の数字は、観世音菩薩が衆生を救うとき33の姿に変化するという信仰に由来し、その功徳を得るために33の霊場を巡拝するという。この巡礼により、、現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるとされる。

玄奘三蔵(げんじょうさんぞう):
 玄奘三蔵(600または602~664年)は、「西遊記」で有名な中国唐時代の歴史上の僧侶。629年、27歳の時、国禁を犯してインド目指して密出国する。玄奘の旅は、草木一本もなく水もない灼熱のなか、砂嵐が吹き付けるタクラマカン砂漠を歩き、また、雪と氷に閉ざされた厳寒の天山山脈を越え、時には盗賊にも襲われるという過酷な旅だった。やっとの思いでインドについた玄奘は、唯識教学を学び、インド各地の仏跡を訪ね歩いた。そして、17年にわたるインドでの勉学を終え、帰国後は持ち帰った経典の翻訳に専念し、その数1,335巻に及んだといわれる。その中には、現在日本で最も読誦(どくじゅ)される「般若心経(はんにゃしんぎょう)」のもととなった「大般若経(だいはんにゃきょう)」も含まれる。しかし、玄奘三蔵の最も究めたかったのは、「唯識」の教えだったという。これは、一番弟子の慈恩大師が受け継ぎ研究を重ねた末に、その奥義をきわめたという。その教えを継承しているのが法相宗ということになる。

空也上人(くうやしょうにん):
 平安時代中期の僧。口称念仏の祖、民間における浄土教の先駆者といわれる。六波羅蜜寺にある空也上人像は、口から小さな阿弥陀仏が飛び出している事で有名。

元三大師(がんざんだいし):
 良源(912~985年)、天台宗の僧。第18代天台座主で、僧兵の創始者でもあり、比叡山延暦寺の中興の祖。厄除け大師、おみくじの創始者としても知られる。命日が正月の三日であることから、元三大師と呼ばれrる。

文覚上人(もんがくしょうにん):
 (1139~1203)平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、武士から真言宗の僧になった。俗名は遠藤盛遠(えんどうもりとお)、弟子に上覚、孫弟子に明恵らがいる。北面武士として鳥羽天皇の皇女統子内親王(上西門院)に仕えていたが、19才で出家した。源頼朝が将軍の時代は、幕府側の要人として活躍。また神護寺の中興の祖として大きな影響力を持っていた。出家の原因は、従兄弟で同僚の渡辺渡(わたなべわたる)の妻、袈裟御前に横恋慕し、誤って殺してしまったことにあるとされる。

末法思想(まっぽうしそう):
  釈迦入滅後、500年間は正しい仏法の行われる正法(しようぼう)の時代が続くが、その後は正しい修行が行われないため、悟りを開く者のない像法(ぞうぼう)の時代が1,000年あり、さらに教えのみが残る末法の時代10,000年を経て、教えも消滅する法滅の時代に至るとする考え。各時期の長さには諸説あり、日本では1052年を末法元年とする説が多く信じられた。平安末期から鎌倉時代にかけて広く浸透し,厭世(えんせい)観や危機感をかきたて、浄土教の興隆や鎌倉新仏教の成立にも大きな影響を与えたといわれる。

浄土信仰(じょうどしんこう):
 阿弥陀仏の救いを信じ、死後、この世の穢土(えど:けがれた世界)を去って、仏の住む西方極楽浄土に往生することを願う信仰。浄土教では、仏の姿を一心に思い、ひたすら念仏を唱えることにより極楽往生出来るとする。法然は、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と唱えるのみで、皆が救われると説いた(浄土宗)。親鸞は、極楽往生は、阿弥陀如来の本願(他力)であって、われわれ凡夫が決められるものではない(自力)として、阿弥陀仏の本願を信じて受け入れることで救われると説いた(浄土真宗)といわれる。

新義真言宗(しんぎしんごんしゅう):
 空海(弘法大師)を始祖とする真言宗の宗派の一つ。真言宗中興の祖覚鑁(かくばん:興教大師)の教えを元に覚鑁派の僧正頼瑜(らいゆ)によって成道したとされる。高野山内で新たな教義を打ち立てたため「新義」と呼ばれた。根来寺を本山とする新義真言宗、智積院(ちしゃくいん)を本山とする真言宗智山派、長谷寺を本山とする真言宗豊山派、室生寺を本山とする真言宗室生寺派などに分派している。
 従来の真言宗(いわゆる古義真言宗)では本地身説法(真言宗最高仏である大日如来が自ら説法するとする説)を説くのに対して、新義真言宗では加持身説法(大日如来が説法のため加持身となって教えを説くとする説)を説くことが教義上の違いである。

加持身(かじしん):
 加持(かじ)とは、一般的には神仏に加護されることを言うが、空海は「仏日(ぶつにち)の影(=仏の太陽のようなもの)が衆生(しゅじょう:生きとし生けるもの)の心の水に映るのを加といい、行者の心の水が仏日を感じるのを持と呼ぶ」としている。
  具体的には、手に印を結び(身蜜:しんみつ)、真言を唱え(口蜜:こうみつ)、心を仏に向ける(意蜜:いみつ)という3つの「行」によって、「加」(仏の慈悲)と「持」(人の信心)が働き、仏と人は相互に照しあうことができるとするもので、これを「三蜜加持」という。
 つまり、 古義真言宗では、ただひたすら「念仏」を唱えていれば、大日如来が現れて教えを説いてくれるとするが、新義真言宗では、念仏を唱えるだけではなく、三蜜加持によって、大日如来が加持身となって教えを説いてくれると考える。

顕本法華宗(けんぽん ほっけしゅう):
 日蓮を宗祖とし、日什(にちじゅう)を派祖とする、法華宗系の宗派。釈尊を本仏とし、宗祖・日蓮大聖人の表した十界曼荼羅を本尊とする。法華経については勝劣派(しょうれつは:法華経28品のうち前半の14品⦅迹門:しゃくもん⦆より、後半の14品⦅本門⦆が優れているとする。すなわち、七字の題目「南無妙法蓮華経」への絶対帰依を説く)の立場をとる。また、土着化した信仰と結びついて薬師如来や大黒天、鬼子母神を本尊に祀ることを批判し、釈尊中心のあるべき本来の信仰戻るべきと主張する。

不受不施(ふじゅふせ):
 日蓮宗の一派で、文禄4 年(1595) 日奥が開いた。『法華経』の信者ではない者からは布施を受けず、また与えないという主義。

黄檗宗(おうばくしゅう):
 臨済宗、曹洞宗と共に禅宗の一つ。唐の僧・黄檗希運(? ~850年)の名に由来する。臨済宗、曹洞宗が日本風に姿を変えた現在でも、黄檗宗は明朝風様式を伝えている。本山は中国から渡日した隠元(1592-~1673年)が開いた、京都府宇治市の黄檗山(おうばくさん)萬福寺。

氏寺(うじでら):
 飛鳥時代に古墳に代わって有力氏族によって造られるようになった仏教寺院。中世頃からしだいに菩提寺とも呼ばれるようになった。

如意宝珠(にょいほうじゅ):
 神秘的な宝玉の名。欲するがままに種々の宝物をつくりだすといわれ、一説には竜王の脳の中にあり、これを手に入れると多くの財宝が得られるだけでなく、毒にもおかされず、火にも焼かれないという。

聖徳宗(しょうとくしゅう):
 奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺を総本山とする宗派。法起寺、門跡寺院の中宮寺など末寺は29ヵ寺ある。昭和25年に法相宗からの独立を果たし、聖徳太子を宗祖とする。経典は、聖徳太子が撰したとされる「三経義疏(さんぎょうぎしょ)」。

眷属(けんぞく):
 仏、菩薩につき従う脇侍、諸尊のこと。一般には、一族、親族、郎党のこと。

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく):
 幕末から第二次大戦中にかけて行われた仏教排斥運動。神仏分離令によって引き起こされた明治初期に行われたものがよく知られている。尊王派が台頭してきた幕末にも既に行われていた。仏教弾圧自体は戦後まで続いた。

神仏習合(しんぶつしゅうごう):
 日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。すでに奈良時代から、寺院に神がまつられたり、神社に神宮寺が建てられることがあった。しかし、明治新政府により出された「神仏分離令」により下火となった。

勧請(かんじょう):
 仏神の霊や像を寺社に新たに迎えて奉安(尊いものを安置してたてまつること)すること。