ー甲斐健の旅日記ー

函館・元町界隈/異国情緒あふれる街並み

 函館市内を走る市電5系統に乗り末広町で下車して、南西方向に基坂(もといざか)を登っていくと、突き当りに元町公園があります。この界隈には、旧箱館奉行所(幕末期建設、その後五稜郭に移される)や開拓使函館支庁および函館県庁(明治期)などがありました。また外国の領¥領事館もあったため、教会も多く建ち並び、現在でも異国情緒あふれる街並みを満喫できます。港町函館のもう一つの姿を見ることができます。

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 元町公園南西側に立つのが、旧北海道庁函館支庁庁舎です。洋風・木造二階建ての建物で、明治42年(1909) に建設されました。中央の玄関部のエンタシス風の6本の柱が印象的です。現在は、函館市元町観光案内所となっています。元町公園南西側の小高い場所に立つのが、旧函館区公会堂です。ブルーグレーとイエローに配色された外壁をもつ、木造二階建てのコロニアルスタイルの洋館です。明治40年(1907)の大火により焼失した町会所を再建するため、豪商・相馬鉄平氏がその資金の8割の寄付を申し出て、明治43年(1910)に建てられました。左右対称のポーチをもち、それぞれのポーチと中央部にベランダがあります。ベランダからは函館港が一望でき絶景です。館内の装飾も豪華で、貴賓室には、外国製の壁紙やシャンデリア、暖炉が配され、その色遣いに思わず目を奪われてしまいます。3月~12月には、華やかなロングドレスなどを着用できる「ハイカラ衣装館」が開業しています。

 元町公園から基坂を少し下った右手に、旧イギリス領事館があります。函館のイギリス領事館は、安政6年(1859)、アメリカ、ロシア、に次いで3番目に開設されました。当初は、当時弥生町にあった称名寺(しょうみょうじ)に仮設領事館が置かれたのですが、文久2年(1863)に元町(現・ハリストス正教会近く)に新しい領事館が建てられ移設しました。しかしその後、何度も火災に遭い建物が焼失してしまいます。現在ある建物は、大正2年(1913)に建てられたものです。この建物は、昭和9年(1934)まで、イギリス領事館として使われた後閉鎖されました。それを、函館市がイギリスから買収し、平成4年(1992)に復元されて、開港記念館として一般開放されています。

 館内の領事執務室と家族居室では、3代領事リチャード・ユースデンが使用していた椅子に腰かけたり、調度品を直接手に触れて確かめることができます。開港ミュージアムでは、ペリー来航から箱館開港までの歴史が、パネルで展示されています。開港記念ホールには、ペリーがたどった航路や世界地図を描いたカーペットが敷かれています。また、1Fのティールームでは、本場イギリスの紅茶や焼き菓子をたしなむことができます。また、中庭には、60種139株(2015年7月現在)のバラ園があります。6月下旬から7月上旬が見頃だそうです。

 旧函館区公会堂の前の道を南東に5,6分ほど歩いた右手に、函館ハリストス正教会があります。日本初のロシア正教会聖堂で、「主の復活聖堂」と呼ばれます。文字通り、ハリストス(キリストのギリシャ語読み)の復活を記念する聖堂です。安政5年(1859)、初代ロシア領事のゴシケヴィッチがこの地に領事館を開設しました。そしてその翌年、領事館内に聖堂が建てられました。文久元年(1861)に来日した青年司祭ニコライが、この聖堂を拠点としてロシア正教の布教に務めました。すなわち、日本における正教会伝道の始まりの場所でもあります。明治40年(1907)の大火で聖堂は焼失しましたが、大正5年(1916)に再建され現在に至っています。

 現在の聖堂は、白漆喰(しっくい)壁と銅板の緑の屋根の対比が美しく、ロシア風ビザンチン様式の建物です。屋上には、冠型をした小塔(クーボルト)が6基あり、それぞれに十字架が添えられています。正面玄関上には八角形の鐘塔があり、5代目となる鐘が据えられています。毎週土曜日の午後5時(徹夜祷;てつやとう:正教会の奉神礼)、日曜日の午前(聖体礼;せいたいれい)に、3~5分鳴らされているそうです。この鐘の音は、平成8年(1996)に「日本の音風景100選(環境省)』に認定されました。なお、元町界隈には、聖ヨハネ教会、カトリック元町教会などもあります。



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