幕末期の歴史をひもとくとき、徳川幕府を倒して明治維新を成し遂げた薩摩・長州・土佐などの志士たちの英雄的な活躍が語られることが多いのですが、徳川幕府の中にも、グローバルな視点から日本の近代化に尽力した人々がいました。その代表的な人物が、小栗上野介忠順(おぐり こうずけのすけ ただまさ)です。作家・司馬遼太郎氏は、その著書『明治という国家』で次のように述べています。
「じつは、小栗も勝も、明治国家誕生のための父たち(ファーザーズ)だったということをのべたかったのです。いわゆる薩長は、かれらファーザーズの基礎工事の上に乗っかっただけともいえそうなのです。」
司馬の“勝(勝海舟)好き”は有名ですが、それと並び称されるほどの高い評価を小栗に与えているのです。その小栗忠順が幕府高官として成し遂げた様々な功績を振り返り、小栗忠順という男の生きざまについて考えてみたいと思います。
| 小栗忠順/近代日本の礎を築いた「明治の父」 |
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ヴェルニー公園
フランス式庭園様式を取り入れた都市型の公園です。幕末期徳川幕府は、フランスの若き技術者フランソワ・レオンス・ヴェルニーを日本に招いて、横須賀造船所(当初は横須賀製鉄所と呼んでいた)の建設計画をスタートさせました。この公園から旧横須賀造船所が一望できることから、造船所建設の責任者だったフランス人技師ヴェルニーにちなんで名づけられました。 |
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東善寺
上野国権田村(現・群馬県高崎市)にある小栗家の菩提寺です。新政府軍との戦闘続行を訴えた将軍慶喜への進言が拒否sれ要職を辞した忠順が、最後に移り住んだ地です。境内には、忠順父子の本墓があります。 |