ー甲斐健の旅日記ー      西郷隆盛・江藤新平の故郷を訪ねる

西郷隆盛・江藤新平の故郷を訪ねる
~西南戦争・佐賀の乱で散った最後のサムライ

 西郷隆盛(薩摩)と江藤新平(佐賀)は、その役割こそ違っていましたが、どちらも幕末から明治維新における新しい国づくりに多大な貢献をした人物です。西郷は、その人望によって多くの志士たちをまとめ上げ、維新政府樹立の原動力となりました。江藤は、外国の制度などに関する豊富な知識や卓越した制度設計能力により、新政府の基盤づくりに貢献しました。しかし、明治六年の政変で大久保利通や岩倉具視らとの政争に敗れ、下野します。政権から離れた二人は、それぞれの思いを抱いて故郷に帰りました。しかし故郷の鹿児島でも佐賀でも、明治新政府の政策に反発した不平士族たちが巷にあふれ、緊張状態が高まっていました。やがて二人は、この不平士族の起こした「反乱」に巻き込まれ、その生涯を閉じてしまいます。

 今回は二人の故郷である鹿児島と佐賀を訪ねました。二人の運命を大きく左右した明治六年の政変がどんな事件だったのか(その真相?)についても考えてみたいと思います。

コラム1 西郷隆盛は本当に征韓論者だったのか
コラム2 江藤新平/民権の確立と人間の開放を希求し続けた維新の功労者~近代司法制度の生みの親
西郷どん、ゆかりの地を訪ねる 西郷隆盛/西郷どん、ゆかりの地を訪ねる
鹿児島市内の西郷ゆかりの地を紹介します。鹿児島市内には、西郷ゆかりの場所がたくさんあります。今でも市民から慕われている英雄なんですね。
田原坂 田原坂/西南戦争最大の激戦が展開された古戦場
西南戦争最大の激戦地となった田原坂には西南戦争資料館があり、当時の様子や時代背景を知ることのできる史料が展示されています。また田原坂公園には、西南戦争当時をしのぶモニュメントが多数あります。この公園は、桜やツツジの名所ともなっています。
仙巌園 仙巌園/風光明媚な島津氏の別邸
仙巌園(せんがんえん)は、薩摩藩主・島津氏の別邸跡です。借景(しゃっけい)技法を用い、桜島を築山に錦江(きんこう)湾を池に見立てた壮大な庭園は、数ある大名庭園の中でも類を見ないスケールだといわれます。幕末には、第11代藩主・島津斉彬(なりあきら)が、この敷地の中に鋼鉄製の砲身を鋳造するための反射炉やガラス工場を建設し、近代化事業(集成館事業)を推進しました。
佐賀城本丸歴史館 佐賀城本丸(歴史館)
佐賀城の現存する鯱(しゃち)の門(表門)は、天保9年(1838)に再建されたものです。この時本丸御殿も再建されましたが、明治7年(1874)に起きた佐賀の乱の戦場となり焼失してしまいました。現在見ることのできる本丸御殿(佐賀城本丸歴史館)は、幕末の天保年間に築造された姿を平成16年(2004)に再現したものです。 なお、佐賀城は「日本の名城100選」(財団法人日本城郭協会選定)に選ばれています。
三重津海軍所 三重津海軍所
  三重津海軍所は、蒸気船等の船の修理や造船施設および操船の教育訓練のための施設です。安政5年(1858)、佐賀藩の藩主・鍋島直正によって創設されました。当時の佐賀藩の海軍力や高い造船技術を示す遺構です。
大隈記念館 大隈記念館
二度も総理大臣となった「佐嘉の七賢人」大隈重信に関する様々な史料が展示されています。記念館のそばには、大隈重信生家が保存されており公開されています。